カザフスタンのEt,
キルギスのNaryn
ベシュバルマクと呼ばないで
この記事は筆者が2022年9月末〜11月にかけてカザフスタン・キルギスで実施した取材に基づいて書かれたものです
カザフスタン、キルギスの手食事情
カザフスタン・キルギスでの手食は現代では主流とは言えないが、遊牧生活の面影を残す伝統麺料理「et エト」(カザフスタン)、「Naryn ナリン」(キルギス) (現在はいずれも主にベシュバルマクбешбармак*の呼称で流布)や、「manty マンティ」と呼ばれる餃子のような食べ物は手で食べる傾向がある。また、カザフスタン・キルギス内のウズベキスタン家庭や、特にキルギスの南部のウズベキスタン文化の影響を色濃く受けている地域では「Plov プロフ」と呼ばれる肉とニンジンの入ったピラフのような炊き込みご飯を手食する文化が残っている。ちなみにこのプロフは、新疆ウイグル自治区で「手抓飯」と呼ばれるものとほぼ同じものだと考えられ、どうやら新疆ウイグル自治区〜中央アジアにかけて、シルクロード一帯で食べられているようだ。その名がまさに「手食飯」のようでもあることから、今後リサーチを深めたい料理でもある。
*ベシュバルマクには「5本の指」という意味がある。この呼称は、ロシア人がカザフ語で肉を意味する「et」を、手食されている背景を含めて「カザフの肉」と総称するために導入した新しい言葉であると歴史学者たちは認識している(キルギスでの解釈は未調査)。複雑な歴史的解釈があり、詳しくは【ベシュバルマクという呼称について】の項を参照されたい。
先述のように「et」はカザフスタン語で「肉」を意味する。カザフスタンの遊牧生活時代を詳細に記述した歴史文献「ҚАЗАҚТЫҢ ЭТНОГРАФИЯЛЫҚ КАТЕГОРИЯЛАР, ҰҒЫМДАР МЕН АТАУЛАРЫНЫҢ ДƏСТҮРЛI ЖҮЙЕСI, 2-том カザフの民族学的カテゴリー、概念、呼称の伝統的体系・第二巻」の中では、etは単に肉を表す言葉として表現されており、そこに麺は含まれていない。おそらく、ロシアや他国の文化の流入や定住化などの影響で、徐々に肉だけであったetの中に小麦料理である麺が導入されていき、この麺を含めてetと呼ぶようになったと推察される。
このような、遊牧時代から続く手食の歴史をもつ「et」も、若者層では手食する人は減ってきている。また、etの手食には現在では地域性が認められ、東カザフスタンでは手食する家庭は少なく、西や南の地域では、シムケントなどを含めてetの手食文化が根強く残っている。また、シムケントは、なぜだかetを作るのが上手い家庭がたくさんあると言われている。et作りの根幹である馬肉の準備について特別なレシピや技術を残してる家庭が多くあるそうで、人々にetのことを聞けば口々にシムケントのベシュバルマクは特別だ、シムケントを訪れるべきだと言われる。
etは伝統的には「馬肉」を使うのだが、たまに羊を使うことや、北側の湖がある地域では「魚」を使うこともあるという。魚の場合もetと呼ぶのかどうかは不明だが、人によっては冗談めかして「フィッシュバルマク」などと言っている人もいた。
かつては、一頭の馬を解体して、集落でその肉を分け合って食べていたそうだが、集落が小さくなったり、分け合う人数が小さくなるにつれて、羊の肉の分量程度が消費するにはちょうど良い量となり、羊肉を使うことも出てきたと聞いた。
etは、主に祝祭の時などに供される特別な料理である。このときに、参加者に「手で食べるか、食具を使うか」を確認することはセットであると語る人もいた。ある友人は、彼女の実家では食具を使ってetを食べることが普通だったため、シムケント出身の夫の実家で手食が選択肢にあったときには大変驚いたと語った。
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