カオニャオと手食
カオニャオを介した手食
ラオスでは、インドのように必ずしも手食が行われる訳ではないが、手食の割合は多い。ラオスにおける手食を考える際には、もち米の存在は看過できない。ラオスの多くの地域・民族(ラオ族、ルー族など)では、固く蒸したもち米を主食としており、これは「カオ(米)ニャオ(粘る)」と呼ばれる。手食の大部分を占めるのは、この蒸したもち米である(以下、蒸したもち米をカオニャオと表記する)。
カオニャオ以外にも、うるち米「カオチャーオ」や、うるち米麺「フー」(ベトナムでいうフォーの類)、発酵うるち米麺「カオプン」(ベトナムではブン)、タピオカ粉とうるち米の麺「カオピアック」、フランス統治時代の名残のフランスパン「カオチー」といった、主食となる炭水化物が存在する。これらの主食が、主に箸や匙などで食べられる中で、カオニャオに関しては必ず手食で食べられている。
ラオスでは食事をとる事を「キン(食べる)カオ(ご飯)」と呼ぶ。日本語の「ご飯を食べる」と同様に、「食事をとる事」と、「米飯を食べる事」が同じ単語で表現される。単に「カオ(米飯・米)」と言うと、特に断りの無い場合は、もち米のカオニャオを指す。このことから、ラオスにおける「食事」の中心に、手食で食べるカオニャオが据えられていると類推される。
カオニャオの蒸し加減へのこだわり
カオニャオは手食を前提としている為、その蒸し加減は非常に重視されている。つまり、十分な吸水がなされていて、もち米に完全に火が通っており、手でまとめるのに必要な適度な粘り気がありつつも、決して乾燥しておらず、かつ手にはくっつかない事が厳密に要求されている。吸水不足の硬い米、炊きが甘い生米、乾燥による干からびた米は禁物である。とりわけ、蒸し過ぎ/蒸した後の処理のまずさによって生じる粘りは、特に忌避される。ラオス人は、カオニャオを蒸し過ぎない事や、蒸した後に余分な蒸気を飛ばす事、および蒸した後の保管方法に非常に気を遣っている。どれかの工程で一つでも不備があると、手にこびり付く不快なカオニャオになってしまう。
カオニャオの炊き方
カオニャオは1時間から一晩程度の浸水を経た後、竹籠とアルミの鍋を組み合わせた専用の道具で蒸される。この道具はモーヌンカオニャオと呼ばれる。すり鉢状に編まれた竹籠(フワックカオ)の底部に浸水したもち米を入れ、広いラッパ型の開口部とその下のくびれた形状を持つ鍋で竹籠を保持する。ちょうど、日本の古代の甑(こしき)に似た形状をしている。この形状のため、下方向からのみ蒸気があたる日本の蒸籠とは異なり、もち米全体が、鍋の内部に充満する高温の蒸気にすっぽりと覆われる形になる。7~8割ほど蒸した時点で、竹籠上部の左右の持ち手(猫の耳のような形状)を両手で掴んで持ち上げ、大きく揺さぶってもち米の塊の天地を返して、さらに蒸す。浸水具合や蒸す量によって時間は異なるが、20~40分程度で非常に早く蒸し上がる。
炊きあがり後に行う操作も、非常に重要である。蒸し上がった直後に竹籠をひっくり返し、竹で編んだ大きな盆にカオニャオの塊を広げる。鮨のシャリ切りのように、しゃもじの幅を細くしたような木製の道具で何度か天地を返して、余分な蒸気を飛ばす。少し冷ましたカオニャオは、表面が乾燥して固くならないように、手でひとまとまりの大きな塊にして表面積を最小にしてから、竹で編んだお櫃(ティップカオ)に入れる。手につかないように、乾燥しすぎないように、丁寧に工程が行われる。これらを行わず、例えば熱々のカオニャオをそのままビニール袋に入れたりすると、たちまち蒸気によって表面が粘ついて、手にくっつく不快なカオニャオになってしまう。また、前日の残り物のカオニャオを再度蒸し直したものは、必ず表面がべとつく。道端で売られているカオニャオを購入する際に、この「蒸し直しカオニャオ」を、そうとは知らずにうっかり買ってしまった時には、ラオス人は憤慨する。
カオニャオの食べ方
ラオスの食事の基本形は、カオニャオ+副菜の組み合わせである。複数人での食事の場合は、最大で洗面器ほどの大きさの竹で編んだお櫃(ティップカオ)が回されてくる。 各人はお櫃の中から手で直接、適量のカオニャオをむしり取る。手の使い方に左右の禁忌は無く、右手でも左手でもよい。自分用に小分けにしたカオニャオは、利き手と反対の手で保持しておいたり、皿や卓に乗せたりして、取り置く。レストランでの食事や、仕事の合間に弁当を食べる場面では、1人前用の小さな大きさのお櫃を各人が用いる。
食べる際は、主に利き手で100円玉~ピンポン玉ほどの大きさのカオニャオをむしって、5指全体と手のひらの上部までを使い、しっかりと複数回握って固く丸める。カオニャオはもち米であるが、ぱらりと蒸しあげられており、手にくっつきにくい。最初の数回は素早く大きく握り、全体がまとまったら、力を込めてしっかりと握る。このようにすると、手に米粒がこびり付くことがほとんどなくなる。このカオニャオの玉を五指の先端で保持して、食事の卓で共用に盛られたおかずに強く押し付け、少量のおかずを付着させて口に運ぶ。丸めたカオニャオにくぼみをつけて、より多くのおかずを乗せられるようにする事も頻繁に見られる。その際はまずカオニャオを四指で玉を保持してからおかずに押し付け、親指を用いて引き寄せるようにくぼみにおかずを乗せる。
食事の根幹を成すカオニャオの食べ方がこのようである為、ラオスのおかずは、カオニャオと食べる為に形状や粘度が最適化されている。おかずとして最も基本的なのは、様々な材料をペースト状に搗き潰したヂェオである。ヂェオには魚、肉、茸、野菜、果実など無数の種類が存在する。カオニャオとヂェオのみで、食事の最小単位が完結する。これは日本でいうところの「ご飯とお漬物」のような、食事の基本単位だと考えている。ヂェオ以外の代表的なおかず(ラープ、コーイ、モックなど)も、細かく刻んだり、搗き潰したり、もち米粉で粘度を高めたりして、丸めたカオニャオと食べやすいように最適化されている。
円卓と御座
食卓は、ラタンや竹、あるいは薄いアルミ製の円卓で、直径は60cm程度で、高さ20cm程度の脚がついている。一つの円卓には5~6人が座れる。複数人での食事の際は、参加者で円卓を囲む(ラオスでは一人で食事をする個食はあまりない)。それ以上の人数の場合は、円卓を複数並べる。円卓が無い場合や、祭事などで人数がさらに多い時には、大きな御座を敷いて、御座の中央に直接皿を置くこともある。都市部や富裕層では高机と椅子が用いられることもある。円卓や御座の場合は、一般的には男性は胡坐をかき、女性は両足を左右どちらかにずらした正座になる。女性用の伝統的な衣装シン(膝丈くらいのタイトなスカート状)を履いている場合は、シンの構造上、前述の座り方になる場合がほとんどである。ジーンズなどの場合は、正座になるとは限らない。農作業の合間の食事や、屋外でのピクニックの際には、専ら御座が用いられる。地べたに座って食事をとる事は日常の所作であり、地べたでの食事に対する抵抗感は薄いと考えられる。
媒介物を介した手食/カオニャオ以外の手食
カオニャオをむしり取る/丸めるところまでは、手と食べ物が広い面積(五指、手のひら上部)で直接触れ合う完全な手食であるが、おかずを取る工程以降は、カオニャオを介した手食であり、おかずは手にはほとんど付着しないという特徴がみられる。これは、例えばインドにおける、主食と副菜がともに手に触れるタイプの手食とは異なった特徴だと考えられる。
カオニャオ以外にも、積極的に手食される食品があり、生野菜、茹で野菜、茹で筍、発酵うるち米麺カオプンがそれらに該当する。これらの食べ方は、カオニャオに酷似していて、媒介物的と言える。野菜や筍を手でつまんでヂェオをつけたり、発酵うるち米麺カオプンの適量をつまんでおかずと合わせて食べたりする。つまり、手に直接触れるものは、野菜などのみであり、それらを介したおかず類には、手が直接触れない様式である。おかずを手食する場合もあるが、カオニャオを丸める際の手の広い面積を用いた異なる方法が用いられる。焼いた肉や魚などを手で肉をむしる、骨をはずす、手で千切る、手で持ち上げて歯で齧るといった場合には、五指の根本部分や手のひら上部は使わず、指先のみをつまむように用いる。
手食ではない場合の食事
ラオスでは手食ではない食事の形態も見られる。麺類を食べる際には、箸が用いられる。手食される麺類は、汁などをかけない場合の発酵うるち米麺カオプンのみと言ってよい。カオプンも、ほぐした魚身のカレーなどをかけた場合は、箸やレンゲで食べられる。
カオニャオ以外のもうひとつの米、うるち米のカオチャーオは、手食されることはほぼ無い。カオチャーオとおかずを食べる際には、銘々皿に盛られたご飯におかずを取り分けて、利き手にスプーン、反対の手にフォークを持って食べる。
おかず単体を食べる際は、箸や、スプーン/フォークが用いられる。箸文化圏である日本出身の筆者からすると、ラオス人の箸使いは巧みとは言えない。これは食事における箸の重要度が日本と比較して低いからと考えられるが、詳細については今後も調査が必要である。
手食とラオス:清浄な媒介物を介した手食なのか?
筆者はラオスを初めて訪れてから10年ほどになるが、カオニャオを食べる際に手で握らなかったことは一度もない。手で固く握ったものと、そうでないものは全くの別物である。カオニャオを手で食べないラオス人には一度も会ったことがない。ラオスのカオニャオはそれほどまでに手食と分かちがたく結びついている。
本文章ではここまで、ラオスの手食についてカオニャオを中心に紹介してきたが、改めて振り返るとどうやら、積極的に手が触れられるのは、「触れたあとに、手になにも残らないもの」に限られる気がする。カオニャオ、生野菜、茹で野菜、茹で筍、発酵米麺などがそれにあたる。これら積極的に手に直接触れられるものは、「清浄なもの」とでも呼ぶべき区分があるように思われるが、詳しい概念は、今のところ分からない。
ラオスにはカオニャオを主食としない民族(モン族:うるち米)もいるため、上記で述べたことは、ラオスの普遍的な手食事情を説明するものではない。また筆者は中南部地域のメコン川・支流沿いの平野部がフィールドだったことから、北部山岳部や少数民族については知見が不足している。これらは、今後の課題としたい。
プロフィール
小松 聖児(こまつ せいじ)
京都市出身。父が和食の板前をしていたので幼少の頃より食べ物と料理に関心を持つ。 小さい頃から魚好き、生き物好きで、琵琶湖の大ファン。 大学院では、メコン川の魚の流通の調査でラオスに滞在し、ラオス料理の美味しさに目覚める。 帰国後は、水産卸売市場で営業マンをする傍ら、琵琶湖の魚などを使ったラオス料理を広める活動を行う。共著に『ラオス料理を知る、つくる』(岡田尚也・小松聖児、グラフィック社、2024)。
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