ミクロネシア連邦チューク州
ピス島の手食文化
ピス島の食生活
ピス島には上下水道・電気・ガスの公共公益設備がない。屋根に雨樋をつけて、コンクリート製やグラスファイバー製の水タンクに雨水を溜めて飲料水として用いる。また、井戸水を水浴びや洗濯、食器洗い、トイレの排水などに利用する。島には発電所や送電線はないが、太陽光パネルとガソリン発動機による発電方法はある。島民はスマートフォンや充電式の携帯音楽プレーヤーを持ち歩き、ハリウッド映画を小型DVDプレーヤーで観賞している。

それでは島での収入源は何か。島の周辺は遠浅で、サンゴ礁が発達しており、水産資源が豊富である。そこで、5~10人程度のグループで漁へ行き、漁獲物をチューク州の州都のあるウェノ島へ売りにいく。しかし、魚種やサイズにかかわらず単価は均一で、それほど高くないうえに、漁やウェノ島往来にはボートの燃料代などの経費がかかる。そのほかには、州政府や村役場の公務員としての給料、商店経営の収益などがあるが、いずれも高収入が見込めるわけではない。
ミクロネシア連邦の経済はMIRAB経済と称される。それは海外労働者や移民(Migration)からの送金(Remittance)、海外からの援助(Aid)、公務員(Bureaucracy)の給与に頼る経済構造を指す。近年ではROT経済(送金、政府開発援助ODA、観光産業Tourism)が太平洋島嶼国の特徴であるともいわれているが、ミクロネシア連邦の国内総生産に占める観光収入の割合は未だ大きくはない。
ミクロネシア連邦の人々は、アメリカ合衆国との自由連合盟約によって、グアム島やハワイ州、アメリカ合衆国本土へ査証(ビザ)なしで渡航可能なだけではなく、グリーンカードを取得せずとも就労できる。そこで、上記地域へ移住し、職を得て、出身地の島で暮らす家族・親戚へ送金する、という仕組みができあがるわけである。発動機やスマートフォン、DVDプレーヤーなどの高価なモノの購入には、海外からの送金の有無が少なからず影響するのである。
ピス島では、パンノキ、バナナ、ミズズイキやサトイモなどのイモ類、魚介類、豚、犬、鶏など島内や島周辺で得られる作物・海産物・肉類に加え、米、小麦粉、魚・肉の缶詰、冷凍肉、インスタントラーメンなどの輸入食品も利用されており、伝統と近代とが交差する食生活が営まれている。パンノキの収穫期には季節性-多くの品種は5~9月が最盛期-があるが、バナナは一年中収穫できるし、一部のイモ類は収穫期を迎えてもすぐに掘り出す必要がなく、ある程度の期間内であれば問題なく食べられる。これらを上手に組み合わせることにより、一年間安定的にエネルギー源を確保することができる。

島には家屋(imw)とは別にファノン(fanang)と呼ばれる調理小屋があり、そこで料理の下ごしらえから煮炊きまで行う(写真5)。ココヤシの葉や果実の皮、ココナッツシェル、花序を包んでいた苞、様々な樹木の薪などを燃料として利用する(写真6)。灯油式またはカセット式コンロを家屋内で使用することもある。柑橘と唐辛子以外、塩や醤油などの調味料はすべて購入しなければならない。自家製のココナッツオイルを使うこともあるが、市販の油を調理に用いることが大半である。
パンノキ、バナナの未熟果、イモ類は、皮など不要な部分を取り除いたあと、茹で蒸しにして食することが多い(写真7)。チューク州の代表的なパンノキ料理にコン(kon)がある。茹で蒸した熱々の果実をパンノキの幹で作った木盤に置いて、サンゴ製の手杵で搗いて餅状にしたものだ(写真8、動画2・3)。搗き立てのコンは手でつまむとモチモチしており、口にすると弾力があってうまい。すぐに食べないときは、パンノキの新鮮な葉を数枚合わせたもので包み、常温で保存する。2~3日経過したコンはしっとりとしており、乳酸発酵しているのか酸味と少し発酵臭が加わり、新鮮なコンとはまた違ったおいしさがある。


パンノキの最盛期には果実を毎日食べたとしても有り余るほどの収穫がある。そのため、アポット(apot)と呼ばれる発酵食品を作る。伝統的な方法としては、地面に穴を掘り、バナナなどの葉を敷き、皮や中心部分を取り除いた果実の未加熱の小片を穴に入れる。そして葉で覆い、砂をかぶせ、サンゴをその上に置く。1か月もすれば利用できるが、長期間保存がきくため、アポットはパンノキの端境期に重要な食料となる。
アポットの調理方法は、まず木盤の上でアポットを練ね、ごみを取り除き、なめらかにする。それを容器に入れて水を加えてどろどろの半固体状にする。パンノキやバナナの葉を用いて半固体状のアポットを包み、鍋で茹で蒸す(写真9、動画4・5)。できあがったものは「でんぷんのり」よりも少しだけ硬い程度なので、指で取るとネチャっとしており、食べながら指を舐らざるをえない(写真10)。口に入れると、ねっとりとした食感で、かなりの発酵臭と酸味がある。


環礁内外で獲られる魚介類は重要なタンパク源である。漁法としては、素潜りによる刺突漁を中心に、手釣り漁、投網漁、トローリングなどがある。ウミガメは砂浜にいる個体を捕獲したり、夜間に海中の岩陰で寝ている個体を先端が鉤爪状になった棒で捕まえたりする。満月の夜にはオカガニやヤシガニを捕まえやすいそうだ。また、環礁上の島なので、周辺にあるサンゴ礁に付着するシャコガイ類やフタモチヘビガイ、サンゴ礁の中に潜むワモンダコ、浅瀬の砂地に生息するマガキガイやクモガイなどの採集もよく行われる。
魚料理には、直火焼き、素揚げ、スープ、ソテーなどがあるが、本稿では刺身に着目しよう。刺身は現地でも「サシミ」と呼ばれる。カツオ類やマグロ類などの大型の魚は日本のように柵取りをしてから薄切りにするが、小型~中型の魚であれば、大抵の場合、皮付きのまま格子状に切れ目を入れ、醤油や柑橘果汁をかけるだけだ(写真11)。魚が新鮮なため、指で肉をちぎり取ることが難しい。そのまま魚にかぶりつき、歯をうまく骨に沿わせ、口の中に肉をこそぎ落とす。そう、手食ならぬ歯食?かもしれない。

ヤシガニの巨大なハサミの身は食べ応えがあってよいのだが、とにかく殻が固い。歯では殻を割れないので、サンゴでハサミをカンカンと叩いて割って中身を取り出す(写真12)。なお、ヤシガニは内臓(みそ)につきる。ヤシガニのみそはとてもクリーミーで、こってりとしており、ほんのり甘く、白飯にかけて味わうと得も言われぬうまさである(写真13)。


さて、ここで島の特徴的な調理方法「ウム」(地炉/earth oven)を紹介したい。ウムとは、地炉そのもの、もしくは熱した石などで材料を蒸す料理方法のことである。地面に穴を掘り、サンゴの塊やコンクリート片などの「石」をいくつも敷き並べ、その上にココヤシの果実の乾燥させた皮などを乗せて火をつける(写真14)。「石」が十分に熱せられれば、食材を置き、バナナやインドクワズイモなどの葉をかぶせ、砂で密閉する。1~2時間もすれば食材が蒸しあがる(写真15、動画6・7・8)。


宴やちょっとしたパーティーに必須ともいえるウム料理には、豚、犬、ウミガメなどが用いられる。ウム料理をしていると、蒸している最中からどこからともなく人々が集まってくる。そして、調理済みの食材が掘り出されると、その場で競争するかのように手で食べるのである(写真16)。私が久々に島へ行くと、犬のウム料理-犬肉はごちそうなのだ-をよくしてくれる。蒸し終わるや否や、みんなで犬肉を手でほおばる。蒸したてで非常に熱く、指を火傷しそうになるのだが、おかまいなしだ(写真17)。


最後に、汁物はどうするか。カトラリーを使う場合を除くと、私が大好きなコチュ(kochu)-魚をココナッツミルクに塩を加えて煮た料理-は、魚は手でとって食らいつき、器に口をつけて汁を飲む、あるいはコチュの具・汁ともに白飯にかけて手でぱくつく(写真18)。インスタントラーメンもスープを少なめに作って、白飯にどばーっとかけて、それを手で食べればよいのである。

-
<引用文献>
大塚 靖・山本宗立編著 2017.『ミクロネシア学ことはじめ―魅惑のピス島編―』南方新社.
山本宗立 2021.ミクロネシアの島の暮らしと食 第1回 生活一般と台所.Vesta 122:74-77.
山本宗立 2021.ミクロネシアの島の暮らしと食 第2回 主食.Vesta 123:72-77.
山本宗立 2021.ミクロネシアの島の暮らしと食 第3回 魚介類.Vesta 124:68-73.
山本宗立 2022.ミクロネシアの島の暮らしと食 第4回 陸上動物.Vesta 125:74-79.
プロフィール

山本 宗立(やまもと そうた)
京都大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員PD等を経て、現在、鹿児島大学国際島嶼教育研究センター准教授。専門は民族植物学、熱帯農学。著書は『唐辛子に旅して』(単著、北斗書房)、『ミクロネシア学ことはじめ―魅惑のピス島編』(編著、南方新社)、『世界の食文化百科事典』(分担執筆、丸善出版)、『世界の発酵食をフィールドワークする』(分担執筆、農山漁村文化協会)、『オセアニア文化事典』(分担執筆、丸善出版)など。
コメントを書く