手食

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パレスチナの手食

Text: ジョシュア・リカード(社会人類学者)

日本語訳:八幡亜樹

※この文章は英語で書かれた原文を和訳したものです.

どのような文化においても、社会的関係、儀式、そして交流はすべて、食をめぐるものであり、他者と食事を分かち合うものである。パレスチナに滞在していた長年の間、私はたくさんのコミュニティで、もてなしの気持ちを表象する多くの共食の場に参加してきた。最もシンプルで伝統的なものの多くは、手で食べるものだった。ピタパンという平たいパンを主食とするアラブ・レヴァントのほとんどの地域では、食べ物は通常、直接手で食べるか、パンを使って様々な食材を浸したり、持ったりして取り扱う。ピクニックやバーベキュー、日常的な簡単な食事では、パンにサラダやフムス、タブーリ(編集者注:日本ではタッブーレともいう)などのディップを添えて食べるのが一般的で、ザアタルやペストリー、オリーブなどが添えられることもある。ほとんどすべてのシンプルな料理は、手でちぎった小さなパンを使って直接食べるのが普通だが、より洗練された料理はフォークとスプーンで食べることもある。

ナーブルスの街でパンをうる青年. 平たいピタパンは、ほぼ全ての食事で提供され、手食に用いられる.

オリーブ、ザアタル、イチジクなどの在来の作物(バラディ[*1])は、伝統的で栽培しやすいというだけでなく、文化的・家族的遺産という意味でも非常に象徴的なものである。特にオリーブの木は、何世代にもわたって受け継がれることが多い。バラディとされる野菜、果物、ハーブは、輸入された種子や食品よりも植え付けや消費に適している。[*2] パレスチナの村々では、各家庭がザアタルのようなハーブやスパイスを混ぜ合わせた独自のレシピを持っているのが普通だった(編集者注:ザアタルはある種類のハーブの総称であると同時に、ミックススパイスの呼称でもあるようです)。伝統的には、野生のカリフラワーやザアタル用のタイムなどの作物は、村人が山頂から採集して町や市場に持ち込んでいたが、移動が厳しく制限されているため、輸入種は市場で購入しなければならない。ほとんどのパレスチナ人は、在来種であるバラディ作物の方がアラビア料理に適した強い風味を持っていると考えている。

伝統的なスパイスショップのスパイスたち.一般的に人々はスパイスをキロ単位で購入する.

パレスチナ人のアイデンティティは、ナクバと1948年のイスラエル建国、そして中東全域で何十万人ものパレスチナ人が難民として強制移住させられて以来、政治的な問題として扱われてきた。実際、国家の存在しない中での「難民経験」は、さまざまな状況下に分散したさまざまな集団の間で、独特なアイデンティティと民族同一性の意識を共有するようになった。とはいえ、植民地支配的な追放への集団的拮抗が起こる以前から、パレスチナ人独自のアイデンティティは存在しており、それは多様な歴史的相互作用と多文化間の共存の上に築かれたものである。サリム・タマリは、地中海沿いの沿岸都市に住む商人や職人と、ヨルダン川西岸とヨルダン渓谷の山岳地帯に住む農民や小作人との交流の歴史的記録を調査した。[*3] 山と海の間には歴史的な差異が存在したが、交易路と急速な経済成長は、住民の距離を縮め、多様な食文化にも影響を与えた。オスマン帝国崩壊後に設立された委任統治制度の下でのイギリスの支配は、特に都市部のエリート層の食生活にさらなる影響を与えた。

1967年にイスラエルがヨルダン川西岸とガザを占領する以前は、パレスチナの農業部門はイスラエルの農業部門とほぼ同等であり、パレスチナ人はヨルダン川西岸で栽培された農産物の約80%を輸出していた。[*4] タマリによれば、1968年にはパレスチナの労働力の半分が農業分野で働いていたが、1978年には労働力の3分の1近くがイスラエル国内で働くようになり、パレスチナ内の農業分野の労働力は大幅に減少した。[*5]

オリーブの木の下でお茶をする農民たち.ヨルダン川西岸の遠く孤立したエリアにあたるヤーヌンにて. 2009年.

農業はパレスチナの文化的アイデンティティと密接に結びついており、農村コミュニティの収入の大部分をもたらしている。土地、家、オリーブ畑が世代から世代へと受け継がれてきたように、村、農業、共同体という考え方は、地域のアイデンティティにおいて重要な位置を占めている。“フェラー(農民)”という概念は、農業牧畜社会としてのパレスチナの物語に深く根ざしている。[*6] コミュニティが分断されるにつれ、アイデンティティと帰属の概念は、より大きなコミュニティから切り離されてきた。ゆえに個々の人々は、「現在」というものを自分たちにとって意味の通った理解可能なものにするために、受け継がれてきた記憶を用いて、意味の取り直しを行う。[*7] 文化的同一性の領土的な顕現である「村」、そして「パレスチナの農民」に対して構築されてきたイメージが、異なる状況下に置かれたパレスチナの人々の間に一体化のような効果をもたらした。長期にわたるパレスチナ人コミュニティの分断によって、人々はおのおのの孤立した状況に基づいて、集団としてのアイデンティティを再構築するようになったのだ。パレスチナ人コミュニティが社会から孤立し、食物の入手、共有、準備といった基本的なプロセスが途絶したことで、ぞれぞれのコミュニティが生きのびるための方法や、各コミュニティの住民が集団としてのアイデンティティを明確にする方法が変化した。[*8]

ナーブルスの古い街でクナーフェを売る男性.クナーフェはナーブルスで有名な、甘いチーズのデザート.手食ではなく、基本的にスプーンなどを使って食べる.

都市部の共同生活圏では、フォークやナイフを使うのが一般的なほど浸透しているが、主食の多くは手で食べるのが普通である。伝統的に食料を生産している農村では、床に敷いた布の上に共用の食器を並べ、パンを使って直接手で食べるというシンプルな環境で食事を共有することが多い。より洗練された食事には食器が使われるが、人里離れた村やベドウィンのコミュニティはインフラから隔離されていることが多く、貧困の割合も高いため、より伝統的な食習慣が頻繁に見られる。食材や食習慣は文化によって大きく異なるが、食べ物を分かち合うことの社会的重要性は、どの文化においても根底にある。南アジアの多くの土着文化では、食べ物を刺したり切ったりする道具や、箸で食べ物を取り扱うことさえも、食べ物とそれを消費する人との間に距離を置くことになり、野蛮であると考えられている。食事を分かち合い、手で食べる習慣は、人と人とをつなぐだけでなく、人と食の伝統との親密な結びつきを強固なものにしながら、パレスチナのコミュニティで続いている。

フムスサラダやその他の典型的な手食料理

手食について追記

  • 左右の禁忌: 右手か左手かに決まりはない。
  • 姿勢: 特に決まりはない。(あぐら、片膝を立てるなどに禁忌はない)
  • 宗教との関連性: ない。慣習に基づくものである。(パレスチナ人の多くはムスリムとクリスチャン)
  • お皿のセッティング: フムス、サラダ、ピクルスなど、それぞれの食べ物は共有の皿に盛られ、ちぎったパンや手で共有の皿から取る。自分のお皿を持っている人もいるが、必ずしもそうではない。
2020年の最後のパレスチナ滞在で、村の人が準備してくれた料理.(これは手食料理ではありません)

  1. バラディ(Baladi) は直訳では「私の故郷(の)」といった意味であるが、パレスチナの在来種の作物を示す言葉として使われてきた
  2. Rickard, J. (2013) “The Secret Gardens of Nablus: community and food security under occupation.” Middle East Perspectives series vol. 1. MEI. National University of Singapore
  3. Tamari, Salim. Mountain against the sea: Essays on Palestinian society and culture. Univ of California Press, 2008.
  4. Applied Research Institute of Jerusalem (ARIJ), A Review of the Palestinian Agricultural Sector (2007). Available from www.arij.org/files/admin/2007_agricutlure_sector_review_arabic_lr.pdf.
  5. Tamari, Salim, Building Other People’s Homes: The Palestinian Peasant’s Household and Work in Israel (Berkeley, CA: University of California Press, 1981), pp. 33–7.
  6. Mauro van Aken, ‘Facing home: Palestinian belonging in a valley of doubt’, PhD dissertation, Faculteit Sociale Wetenschappen, Universiteit Utrecht, 25 November 2003, p. 88.
  7. Lybarger, Loren, Identity and Religion in Palestine: The Struggle between Islamism and Secularism in the Occupied Territories (Princeton, NJ: Princeton University Press, 2007), p. 16.
  8. Rickard, J. (2022). The Fragmentation of Palestine: Identity and Isolation since the Second Intifada. I.B. Tauris-Bloomsbury PLC. London, New York.

編集者コメント

 筆者はパレスチナにおける手食文化の宗教との関連性は否定しているが、他の国の例においてもイスラム教と手食文化は強い結びつきがあり、おそらく「無関係」と言い切ることもできないと思っている。しかし、古来からの伝統的な生活が残る地域ほどに、食具が普及していなかった時代の慣習として引き継がれてきた部分と、宗教的な意味が確立されて、その結びつきで残っていく手食文化が混ざり合っていることが想像される。
 どの研究者も「手食文化に特化した専門家」ではないため(そのような研究者はいまのところいない)、その国の手食の「真実」というものを、一人の研究者の視点から断言することは不可能だ。しかしながら、筆者たちは皆、そのような専門外の「手食文化」という難題に対して、このように熱のこもった執筆で参加し、貴重な知見をたくさん与えてくれている。そのことへの感謝は筆舌に尽くしがたい。
 本ウェブサイトでは、複数の国や、複数の研究者の眼差しを横断して、手食文化の実態・世界像をあぶり出すことを目指している。ぜひ読者にも、柔軟かつ横断的な視点で貴重な記事の数々を享受し、このアーカイブの辿る手食の旅路に参加していってほしい。

プロフィール

ジョシュア・リカード

写真家、社会人類学者。現在は熊本を拠点に活動している。2007年よりパレスチナのコミュニティで活動を開始。I.B. Tauris-Bloomsburyより『The Fragmentation of Palestine』を出版。

コメント (1件)

  1. Masaru Kinoshita
    2024年3月17日 22:59

    中東の地域で暮らしている人達の中にパレスチナ人のアイデンティティは食文化がとても大きく影響しており、特に手食がそこに暮らす人々のコミュニティーだけではなく、食を共にすることでお互いを理解して受け入れる大切な機会となっていることが分かりました。
    リカード教授がそのコミュニティーに入り込み、Baladi の執筆を支えたのはパレスチナの食文化、手食で一緒に食を囲むことで成し遂げられたのではないかこ感じました。

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