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要介護高齢者の手食

Text: 横山奈津代(管理栄養士)

要介護高齢者の食べ方のいろいろ

 福祉施設で要介護高齢者の食風景を見ていると「食べる」方法にはいくつかあることに気づかされます。カトラリー(箸やスプーンなど)をうまく使っている場合がほとんどですが、手指の巧緻性(器用にうごかせるかどうか)の低下や、失認(物がわからなくなる)や失行(どう使うのかわからなくなる)によって、カトラリーの使用が困難なケースも散見されます。

そのような場合、食べやすいように補助具(自助食器)を提供し使っていただきますが、認知機能の低下がある場合には、自助食器の使用が困難な場合があります。これまでの経験では、このような場合、食事を家族や介護職員などに食べさせてもらうこと(食事介助)になる場合が多いです。

しかし自分で食べたい気持ちが強い場合には、手で食べる(手食)や、器(お椀など)に直接口を付けて飲み物を飲むように啜って食べる姿が見られました。手で食べ物を掴む姿や、食べこぼしの多さに、「汚い」「行儀が悪い」と感じる風景ですが、残された身体機能、認知機能を駆使して「食べる」ことに挑戦している様子に、その姿を受け入れ、安全性を保てるよう支援することが必要ではないか、と考えるようになりました。

Bさんの手食風景(おかゆと刻み食)
※動画、写真はご家族の許可を取って掲載しています

介護施設での経験とそこから考察した「手食」

 現在私が連載している雑誌「ヘルスケアレストラン」でも、手食について紹介したことがあります(*1)。そこで紹介したAさんをこちらでも紹介します。(ヘルスケアレストランに掲載された内容に加筆しています。)

Aさんは重度の認知症で、意思の疎通はほとんどできません。下肢筋力が低下していて立ち上がるのが難しいのに立ち上がっては転ぶ、というのを繰り返していました。そのうち立ち上がることが出来なくなったAさんは、床を這ったり、いざったり(膝行)して移動しています。そんなAさんの食行動についてユニットから相談がありました。「Aさんがスプーンも箸も使わない。手で食べちゃうから食事介助したほうが良いか」というものです。介護職員から詳しく聞くと「行儀が悪いし、汚いと思う」と言います。

相談があってすぐにAさんの食事風景を確認に向かいました。その日、食堂に来る事にも拒否があったAさんは、ご自身のお部屋(一人部屋です)で食事をしていると言います。前述したとおり、Aさんは転倒を繰り返している為、お部屋はベッドを使わず、畳の上で生活する和室仕様となっていました。お部屋で食べる際は食事ごとにちゃぶ台を設置し、おかゆに細かく刻んだおかずが配膳されます。(食事の見た目はおかゆにドライカレーをイメージしてください。) 箸やスプーンが準備されていますし、食事を促す際「お箸はここですよ」と手渡ししているにも関わらず、Aさんはおもむろに手で食事を始めました。おかゆを掴むように食べています。手全体がおかゆまみれで、介護職員が「行儀が悪く、汚い」と感じたのもうなずけます。

スプーンを使うように促したり、食事介助を始めてみたりしましたが、どうしても手づかみになってしまいますし、介助より手づかみで食べたほうがスムーズであることがわかってきました。Aさんが認知症の為に、食具の使い方がわからなくなっているのかもしれないと感じ、しばらくは食事介助を行いながらAさんのタイミングでの手づかみも並行する事を継続しました。食事はやけどしてしまうような温度ではありませんし、他のご利用者様もAさんの食事の様子を気にしていません。また、食材を食卓などに塗り付けてしまうということもなく、箸やスプーンの代わりに手を使って食べているのだな、と理解できます。手を使っておいしそうに召し上がるAさんに「行儀が悪い」と使い方がわからない道具を無理に使ってもらうのは「ちょっと違うな」と思ってしまいました。

本人が良ければ、手づかみでも良くない!?

 折よくカンファレンスが行われたこともあり、食事前後の手指衛生が保たれていれば手づかみでもよいのではないか、と提案。さまざまな検討を経てAさんの手づかみは容認されました。そのうちに、Aさんの手づかみの様子が変わってきました。人差し指から薬指を上手に使ってすくい、親指で押し出すように召し上がっています。TVで見た、インドの食事の様子に似ています。以前は「汚い」と思われていた、てのひら全体を使って食べる事はなくなり「スマートに食べるなぁ」と感心してしまうほどです。食べ方の変化の理由はわかりませんが、掌全体を使うより、指先をうまく使用するほうが食べやすいことから、楽な方法に徐々に変わっていったのではないか、と推測しています。

 Aさんの事例がきっかけで、ご利用者の「手食」について改めて注目しました。事例数が少ないですし、食事開始から終了まで全てを手で食べている方は非常に稀ですが、食具を使った食事から、手食へ移行するパターンには3つあるように感じます。

 一つ目は、身体機能低下によって食具がうまく使えない場合です。この場合多くは、食具を使いながら、取りこぼした物を手でつまむ事からスタートします。手の機能低下がある場合は介護者側が自助食器を提供する事で食具を使い続けることも可能ですが、自助食器がうまく使えない場合には、手食に移行する場合があります。一方、視力の低下による手食も見られます。こちらは、一般的な食具を使用することができますが、物を手探りで探す場合に食具を使うより手を使うほうが早かった、楽だったのだろうと感じます。いずれの場合も、できる部分は食具で困難な部分は手食で食べるといったように、動作が混合した状態になっていることが多いです。

 二つ目は、認知症による失認、失行によって、食具がうまく使えない場合です。先述したAさんがこのパターンに当たります。箸やスプーンを見ても認識できていない状態で使えません。目の前の物に手を伸ばしてみたら、手に持つことができた、食べ物だと思ったから食べた、という流れのように感じます。認知機能低下があるご利用者の場合は、食物を認知できている場合とそうでない場合があり、反応はご利用者個々によります。中には手に触れるものをなんでも口に入れてしまう(異食の)方もいるため、一概に「食べ方がわからないから手で食べよう」と考えているとは限りません。

 三つ目は、身体機能と認知機能の両方が低下している場合です。この場合は、身体機能低下のため食具を使うことが苦手になり、自助食器の使用を促されますが、ご利用者ご自身に残っている記憶の中の食具と違うため使いこなすことができません。また、目の前に出しても自助食器を食具だと認識できていないパターンもあると感じます。目の前にあるものが食事だと認識できているので「食べる道具(食具)が無いなら手で食べよう」という思考になるのではないかと推測しています。

3~4本の指で掬うように食べるBさん

 動画で紹介しているBさんは、上記のうちパターン3と考えています。Bさんは認知症が重度化したことにより当施設に入所された方です。入所当初は食具を使い食事していましたが、認知症の進行とともに、食具が使えなくなってきました。同時に「目が見えないのかな?」と感じる行動が増えてきました。具体的には、手元を目で追っていない、対象物に視点があわず手探りしている、話しかけても視線が合わない、などです。動画の中でのBさんは、指先を上手に使い、先に紹介したAさんのような「インドカレーの手食」に近い食事スタイルをとっておられます。ただし、親指で押し出すような仕草は見られません。また、Bさんは指3本でつまむように食べ物を取り分けるのが特にお上手です。つまむように手食される方は時々見受けられますが、多くはつまみやすい固形のもの(煮物や焼き魚など)の場合が多く、Bさんのように刻み食をつまみながら食べるのは絶妙な力加減が必要であると感じ、見るたびに感心しています。もしかすると、指先の巧緻運動が得意な方は、同時に「インドカレーの手食」スタイルに近づく傾向があるのかもしれません。

指についた刻み食は綺麗に舐め取る

 他に、手のひらに乗せたものを口へ持っていくようにして食べていたCさん。こちらは調理中に味見をする姿を彷彿とさせました。この方は、小鉢に1〜2口程度を盛り分けると、器から直接すするように食べることができたため、手食から食器から直接すすり食いする方法に変化しました。

 もうお一方ご紹介したいのはDさんです。Dさんは脳血管疾患の後遺症で右半身麻痺。また失語症で、会話はできません。Dさんは入所当時、自分で食事を食べることができなかったため職員が食事介助を行っていました。ゆっくりですが、自分で食事が食べられるようになりスプーンを使い始めましたが、なかなかうまくいきません。そのうち人差し指で粥をすくって食べる様子が見られるようになりました。Dさんは認知症が軽度(と思われました)であったため、手を使って食べるのは気がとがめるようで周りを伺いながらこっそり食べているようでした。Dさんが手食で食べていたのは短期間で、現在は食事の全行程をスプーンを使って食べられるようになっています。Dさんは上記のうちパターン1と考えられます。手食をおこなっていたときも、8割以上は、なんとかスプーンを使って食事をしていました。Dさんの手食の風景を見ていると、行儀が悪いと感じつつも食欲が勝った結果、と考えられました。「食べたい」という強い気持ちが、その後の食具を使った食事に移行した原動力だったかもしれません。

 日本人の感覚では「行儀が悪い」と感じてしまう手食ですが、私は「手で食べてもいい」と考えています。その理由を、ヘルスケアレストランで以下のように紹介しましたので抜粋します。

手づかみも食べる方法の一つとして選択して良いと思っている理由には2つあります。

一つ目の理由は、世界に「手で食べる」文化が存在する事です。日本で生活していると、なんでも手で食べてしまうのは「行儀が悪い」と思いますよね。おにぎりやパンなど手で持って食べるものもありますが、焼き魚や煮物などを手で食べる、というのはお行儀が悪いと感じてしまいます。しかし、インド等での食事風景をTVなどで見たことがある方もいらっしゃると思いますが、世界の約4割の人が手を使って食べる「手食」の文化圏で生活しているそうです。食作法の違いは食材の特徴や調理方法の違いで発展している(*2)ので、日本食には手づかみはふさわしくないのかもしれませんが、ナイフとフォークで食べる事は珍しくないのだから、手づかみもいいのではないか、と考えています。

二つ目の理由は手で食べる事で食材の質感を感じている事を知ったからです。個人的な事で恐縮ですが、自分の子供に離乳食を始めるにあたり参考にした書籍(*3)に「赤ちゃんは、手でつかむことで、食べ物の大きさや固さを感じ、つぶさずに口に運ぶための力加減や指の動かし方を学ぶ。手でつかんだ食べ物を口に運ぶのは、目と手と口の協調運動である。例えばバナナを掴み口に入れるとき、その触感、匂い、舌触り、味を感じている。これはバナナを五感で感じているということである。(要約)」と書かれていました。

最初は「世界には手で食べている人もいるんだから」という理由で手づかみ食べも良い、と思っていましたが、二つ目の理由を知る事で、認知症の高齢者にとって手づかみで食べる事は、失われかけた食事への感覚を取り戻すことに役立っているのではないか、と感じたのです。

手づかみは高齢者が食べる方法の一つ

 このような経験を経て、現在はご利用者が手づかみで食事をする事を「食べる方法の一つ」と考えています。私たちが「手で食べる」時に、食物から受け取る温度や質感は、その食べ物の舌触りなど口での感じ方を想像させます。箸やスプーンで食べるときに受ける感覚より、受け取る情報が多いことは、認知症の方には大きな刺激になっているのかもしれません。今後も、手づかみがご利用者にどんな影響を与えるのか、楽しみながら感じていきたいと思っています。


  • *1 横山奈津代 その人らしさを支える特養の栄養ケア|『ヘルスケアレストラン』 2021年11月|日本医療企画
    *2 国立大学法人大阪教育大学 三大食作法
    http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~ioku/foodsite/hashi/sandaisyokusahou.html
    *3 中川信子監修 ママが知らなかった おっぱいと離乳食の新常識 かしこい育児はおくちからはじまる|2010年|小学館
  • プロフィール

    横山 奈津代

    社会福祉法人妙心福祉会 特別養護老人ホームブナの里 管理栄養士。
    2000年に管理栄養士免許取得。JA茨城厚生連 茨城西南医療センター病院 栄養サポートチームでの活動を経て、2009年から現職。
    雑誌「ヘルスケア・レストラン(株式会社日本医療企画)」にて、『“その人らしさ”を支える特養でのケア』と題し、高齢者の栄養管理を通したご利用者とのエピソードなどを連載中。

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